脳卒中の話 その①  〜脳卒中の種類とその危険〜 【山吹薫の昔の話】

山吹薫の昔の話

業務の終わりはいつも静かだな。山吹薫は文献の束を揃えながらそう思う。そしていよいよ明日からは脳血管障害の患者様を受け持つ。漸く病態が安定し一般病床への転棟が許されたからだ。

石峰 優璃
石峰 優璃

いよいよ明日からだな。準備は出来ているか?

山吹 薫
山吹 薫

まぁそれなりには・・・

そうかと石峰優璃はカルテから顔を上げずにそう答える。よく出来た陶器のような横顔だと山吹薫はそう思う。すると慌ただしく音を立ててリハビリ室のドアが開いた。

高橋 美奈
高橋 美奈

主任ちゃんただいまー!薫ちゃんもお久しぶりねー!

石峰 優璃
石峰 優璃

おー美奈!休暇はどうだった?

高橋 美奈
高橋 美奈

ダメダメだった。いい男なんて居やしなかったわ。

山吹 薫
山吹 薫

高橋さん・・・そんな事で休暇ですか・・・

なによー!と高橋美奈は綺麗に整えられた黒髪を揺らして、山吹のこめかみに肘を当てる。身長は高くスタイルも良いから、何故この人がモテ無いのかが未だに理解できない。

高橋 美奈
高橋 美奈

あーあー!これでまた婚期が遠のくのね。せっかく婚活休暇をもらったというのに。

山吹 薫
山吹 薫

そんな休暇が存在していたのですね・・・

石峰 優璃
石峰 優璃

それは残念だったな。まぁ良い出会いもあるさ。

リフレッシュ休暇だよと石峰は笑みを山吹に向け、高橋はそんな二人を見比べながら不思議そうに首を傾げる。

高橋 美奈
高橋 美奈

あんた達、なんか変わった?

山吹 薫
山吹 薫

なにも変わってはいませんよ。

石峰 優璃
石峰 優璃

多少は新人君も出来るようになったくらいかな。そうだな。ならば今日は脳卒中について話してもらおうか。

高橋 美奈
高橋 美奈

なにそれ面白そう!休暇明けに丁度良いわ。私にも聞かせてよ。

またこのパターンか。と山吹は眉を潜める。だけどもリハビリを開始する前に、こうやって打ち合わせをしておくとやはり安心だとも思う。それに美奈さんは作業療法士であるから、チームを組む事も多いし尚更だ。

山吹 薫
山吹 薫

では早速、脳卒中とは脳梗塞と頭蓋内出血の総称です。大まかに脳の中の欠陥が詰まり、その先に血液が行かずに脳の細胞が壊死する脳梗塞と、脳の欠陥が破綻し脳の組織自体を圧迫し障害したり、血液が途絶してしまう頭蓋内出血に分かれます。

石峰 優璃
石峰 優璃

そうだな。それに硬膜外や硬膜下の出血、脳の血流が一過性に低下したりする代謝性脳症もある意味脳血管障害となるが、今回はその脳卒中の話を聞かせてもらおうかね。

高橋 美奈
高橋 美奈

なるほどこんな風にお勉強しているのね。なら私も口を出して良いのかしら?

どうぞ。と石峰は山吹の代わりにそう答える。こんな見た目麗しくともやはり中身はセラピストだなと山吹はそう思う。

山吹 薫
山吹 薫

そして脳梗塞にも原因によって種類は分かれます。動脈硬化等に伴い欠陥の中に脂肪を含むドロドロとしたアテローム自体が原因となるアテローム性脳梗塞、心臓などに形成された血栓が脳に飛び詰まる心原性脳梗塞、そして微小な血管が梗塞を起こすラクナ梗塞ですね。

石峰 優璃
石峰 優璃

大まかに言うとそうだな。原因によって病態も変わる。心原性脳梗塞は特に大きな梗塞を引き起こす。だからと言ってアテローム性もそうではないが、血管自体が変性しているから再梗塞のリスクも高い。ラクナ梗塞は微小な梗塞であるから、麻痺は軽度でも呑み込みや認知面での影響が出る。

高橋 美奈
高橋 美奈

そうそう。だから薫ちゃん達理学療法士さんが離床を進める間に並行して、私たち作業療法士が高次脳機能の変化を評価する必要があるの。もちろん理学療法士さんに手伝って貰う事もあるけどね。特に発症直後は毎日のように変化するから要注意!そしてその検査自体で患者様の認知機能回復のきっかけにもなるから余計に大切なことなの。

その呼び方は止めてください。と呟く山吹の言葉を聞いてか聞かずか、高橋は髪を耳にかけて山吹のカルテを覗き込む。

高橋 美奈
高橋 美奈

そして今薫ちゃんが見ているカルテの方は脳出血のようね。脳出血とはどんな種類があるのかしら?

山吹 薫
山吹 薫

原因は血管の破綻です。よって部位によって呼び方は多少変わります。視床出血、被殻出血と言った感じですかね。そして硬膜と脳の表層に間にあるクモ膜での出血はクモ膜下出血と呼ばれます。

石峰 優璃
石峰 優璃

外傷に伴って起こるから此処にも良く運ばれてくるな。頭へのダメージは出血は派手になりやすい。しかしその中にある脳へのダメージが恐ろしいよ。

高橋 美奈
高橋 美奈

そうそう。その時には当然発症や受傷してからの時間が大切なの。文字通り一分一秒を争うんだから。

そう言えば高橋さんとチームを組む事はあっても、こうやって話す事は無かったと思う。救急科に所属する作業療法士というのもまた珍しいなと山吹は考える。

石峰 優璃
石峰 優璃

例えばクモ膜下出血でも発症直後に即死する割合も高い。出血も広範だったり、出血してから時間が経ち過ぎていると死に至る。

高橋 美奈
高橋 美奈

脳のCTを見ると左脳と右脳が綺麗に分かれているでしょ?これはミッドラインとも言って、これが左右のどちらかにズレてしまうくらい出血が進むと救命も危うくなるの。ミッドラインがシフトしている。という単語は正直ゾッとするわ。

山吹 薫
山吹 薫

そこから脳ヘルニアに至っているのも恐ろしいですね。脳を包む膜から脳がはみ出してしまい、脳が生命を維持する脳幹を圧迫する。そして呼吸などの生命を維持する機能が止まっていく状態でしたね。

高橋 美奈
高橋 美奈

ふーん・・・ちょっと目を離した隙に随分と喋るようになったものね。

高橋は腕を組んで顎先を僅かに傾ける。そんな長い事休暇をとっていなかっただろう。そう考えて山吹はため息を吐いた。

山吹薫の覚え書 32

・脳卒中とは脳梗塞と脳出血に分けられる。そして原因も様々である。

・発症してからの時間は生死を分ける。おかしいと思ったらすぐに行動する。

・高橋美奈は見た目麗しい作業療法士だ。

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』

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理学療法士。作家。つむぎ書房より『看取りのセラピスト』を出版。理学療法士としては、回復期から亜急性期を経て、ICUを中心に働き内部障害を中心に患者へと関わる。ご連絡はこちらからも→Xアカウント(旧Twitter)@tanakan56954581 他にも多くの小説ストックあります。

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